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米国の戦争に巻き込まれるようなことは絶対にありえない!?

「平和」安全法制ってネーミングはどうなのか?

一部は、当たり前に必要な法整備(邦人の救出)も含まれているが、自衛隊の活動範囲を増やす法案であることにはかわらない。

なぜ、「平和」とつけたのか?

国民がその程度のネーミングで騙せると思っているのでしょうか?

 

見た目は軍隊と変わらない。だから覚悟はしています。

自衛隊の活動範囲が増えることは、攻撃を受ける可能性が増えるということ。その覚悟はしていないといけない。

補給という行為は、軍事的にも重要なこと一つで、「まず補給路を断つ」は普通にありえること。補給だけで直接攻撃しているわけではない!と言う理屈が通じるのか?

 

日本国内での自爆テロが発生する覚悟も必要。未然に防ぐ努力ももっと必要だが。

 

抑止力が増すのか?

対 中国なら、抑止力はあるかもしれません。中国はしたたかな国だから。

しかし、中東の国々の中では、抑止力なんてないのでは?抑止力があるのなら、世界最大の軍事国にテロを仕掛けますか?

 

 戦争に巻き込まれることは絶対にありえない!?

絶対!?

私は、絶対という言葉が嫌いだ。絶対とは数学的に言うと100%ということ。デジタルの世界では100%とい数字は使いますが、現実の世界で100%という状態は通常無い。

 

「ゼッテーそうだよ!」「100パーそうだよ!」みたいな言葉を使う人が信じられない。

 

なので、どちらかといえば保守である私ですが、絶対という言葉を使う政治家は信用できません。

 

そのロジックは、もしかすると?

絶対に巻き込まれないと言ってしまえるということは・・・

アメリカが攻撃を受けているという状況は、アメリカにも日本人は住んでいる。これは日本人が攻撃を受けていると同義。だからこそ、「巻き込まれる」という状況では無い!って話なのか?

 

まあ、くだらない話はこのくらいにして、

 

日米同盟をなぜ信じられる?

アメリカはアメリカ。日本は日本。それぞれ別の国である。国益を損なってまで日本を助けるか?

中国との経済的結びつきを全て断ち切って日本を守るなんてアメリカ議会が承認するか?

 

まあ、一国で完全に国を守るなんて無理なのはわかってはいますが、守ると言うことは敵を作らないということでもいいのでは?

 

どこにでも顔を出して敵国を増やしているアホなアメリカとは、使えるところだけうまく使う程度の程良いお付き合いがいいのでは?

 

こちらも一緒に汗を流して付き合わなければならない!って人付き合い的な道理は、国と国の間にはいらないのでは?

 

のらりくらりと、適当に付き合い、うまくやっていく政治でもいいのでは?

 

なぜ、ルールを先に作ってしまい、臨機応変に政治をするということを放棄するのでしょうか?

 

アメリカが手のひらを返したらどうするかを考えているのでしょうか?

 

でも、戦争法案っていう人も・・・。

戦争反対と叫んでどうするの?

 

どうやって日本を守るのかしっかり考えないといけないのでは?人任せにしてはいけないのでは?

 

世界平和といったところで・・・。

 

人類は延々と争い続けるものと理解した上で、どう自分や自分の周りを守るのかを考えないといけないのではないのでしょうか?

 

 

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